ある日、キッチンや洗面所で、小さくて茶色い、あの俊敏な虫を一匹だけ見つけた。クロゴキブリよりも小さく、動きも素早い。その正体は、ゴキブリの中でも特に繁殖力が強く、駆除が困難とされる「チャバネ-ゴキブリ」です。そして、あなたが目撃したのが、たとえ「一匹だけ」だったとしても、それは決して安心できる状況ではありません。むしろ、それは、あなたの家が静かに、しかし確実に、彼らの巣窟と化しつつあることを示す、極めて危険で、絶望的なサインなのです。なぜなら、チャバネゴキブリの生態を考えると、「一匹だけ」という状況は、理論上、ほぼあり得ないからです。クロゴキブリのように、屋外から餌を求めて単独で侵入してくる、というケースは、チャバネゴキブリにはほとんどありません。彼らは、一度家の中に侵入すると、その中で一生を過ごし、繁殖を繰り返す「完全屋内性」のゴキブリです。つまり、一匹いるということは、その家のどこかに、必ず「巣(コロニー)」が存在し、そこから餌を探しに出てきた偵察部隊である、と考えるのが自然なのです。さらに、チャバネゴキブリのメスは、卵鞘(らんしょう)と呼ばれる卵のカプセルを、孵化する直前まで自分のお腹にくっつけて持ち歩くという習性を持っています。あなたが目撃したその一匹が、もしメスであれば、そのお腹には、すでに30〜40匹の次世代がスタンバイしている可能性すらあるのです。見つけた一匹は、氷山の一角に過ぎません。その背後には、壁の裏や、冷蔵庫の下、コンロの内部といった、私たちの目が届かない場所に、何十、何百という仲間たちが潜んでいる。チャバネゴキブリを一匹見つけるということは、そういう絶望的な現実を、直視することから始めなければならないのです。