普段、私たちの足元でうごめく蟻の巣は、駆除すべき「害虫」の拠点として、あるいは単なる「邪魔なもの」として、ネガティブな視線で見られがちです。しかし、少しだけ視点を変え、一つの驚くべき自然の営みとして、その巣をじっくりと観察してみると、そこには、私たちの想像をはるかに超える、秩序と知恵に満ちた、驚異の世界が広がっていることに気づかされます。子供の頃、夏休みの自由研究で、ガラス板で挟んだ簡易的な蟻の巣(アリの巣観察キット)を、夢中になって眺めた経験はありませんか。巣穴の入り口では、兵隊蟻が屈強な顎を構えて警備にあたり、働き蟻たちは、自分よりも何倍も大きな餌を、仲間と協力して懸命に巣の中へと運び込みます。その行列は、一見無秩序に見えて、実は効率的な交通ルールに従って、整然と流れています。巣の内部では、若い働き蟻たちが、女王蟻が産んだ卵や、孵化したばかりの真っ白な幼虫の世話を、つきっきりで焼いています。体を舐めて清潔に保ち、口移しで餌を与え、最適な温度の部屋へと移動させる。その姿は、まるで献身的な保育士のようです。時には、巣の間で縄張りを巡る壮絶な戦争が勃発することもあります。種族の存続をかけたその戦いは、まさにミクロの世界で繰り広げられる一大叙事詩です。蟻の巣を観察することは、私たちに多くのことを教えてくれます。一つの目標に向かって、個々の役割を完璧にこなし、社会全体に貢献するという、究極の組織論。危険を顧みず、仲間や次世代のために尽くす、利他的な行動。そして、環境の変化に巧みに適応し、何億年もの間、地球上で繁栄を続けてきた、その驚くべき生命力。蟻の巣は、単なる虫の集まりではありません。それは、生命の神秘と、社会性の進化を、私たちに最も身近な場所で見せてくれる、生きた博物館なのです。もちろん、家の中に侵入してくるなど、私たちの生活に実害を及ぼす場合は、適切な対処が必要です。しかし、庭の隅でひっそりと暮らす彼らの巣を、たまには少しだけ、畏敬の念を持って眺めてみてはいかがでしょうか。そこには、日常の喧騒の中では見過ごしてしまいがちな、生命の輝きと、感動が隠されているはずです。
蟻の巣を観察して知る自然の営み