私たちの日常風景にすっかり溶け込んでいる鳩。公園を散歩すれば、餌を求めて集まる成鳥の姿は当たり前のように目にします。しかし、ここで一つの素朴な疑問が浮かび上がります。あれほどたくさんの大人の鳩がいるのに、なぜ私たちは「鳩の赤ちゃん」の姿をほとんど見かけることがないのでしょうか。スズメやツバメの雛は、巣立ちの時期になるとしばしば見かけるのに、鳩の赤ちゃんだけが、まるでこの世に存在しないかのように謎に包まれています。その答えは、鳩が持つ極めて巧妙な子育て戦略と、驚くべき成長スピードに隠されていました。まず、鳩が赤ちゃんを育てる「巣」の場所に、その秘密の一端があります。鳩は、天敵であるカラスや猫、蛇などから卵や雛を確実に守るため、非常に用心深く、安全な場所を選んで巣を作ります。それは、人間が容易に近づけないような、高所の隙間です。例えば、マンションのベランダの室外機の裏や、高速道路や橋の桁下、神社の屋根の隅、あるいは廃墟の窓枠といった、雨風をしのげて外敵の目にもつきにくい、閉鎖的な空間を好みます。私たちは、鳩の巣そのものを見る機会がほとんどないため、当然ながらその中にいる赤ちゃんの姿も目にすることができないのです。さらに驚くべきは、その成長の速さです。鳩の雛は、孵化してからわずか一ヶ月から一ヶ月半という、驚異的なスピードで、親鳥とほとんど見分けがつかないほどの大きさにまで成長します。孵化した当初は、黄色い産毛に覆われ、短いくちばしを持った、いかにも「雛」らしい姿をしていますが、親鳥から「ピジョンミルク」と呼ばれる栄養価の非常に高いミルクを与えられて、すくすくと育ちます。そして、巣立つ頃には、体つきも羽の色も成鳥とほぼ同じ姿になっているのです。つまり、私たちが「若鳥」として認識している鳩が、実は巣立って間もない「元赤ちゃん」である可能性が高いのです。安全な隠れ家で、栄養満点の食事を与えられ、誰にも見られることなく急速に成長し、一人前の姿になってから私たちの前に姿を現す。鳩の赤ちゃんを街で見かけないのは、彼らの生存戦略が、それほどまでに完璧で、洗練されていることの証しと言えるでしょう。
鳩の赤ちゃんを街で見かけない謎